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2007年3月30日 (金)

時は止まらぬ 蝋燭はいずれ消える

先日住職と結構な時間お話をさせていただける機会を設けてもらいお茶をすすりながら色々なことをうかがった。
悟りという話になって、久々にうーーーーんと唸るような内容の話を聞かせていただきました。
今を生きて、今を感じていてはもう遅い?そんな感じ方をしました。
年相応とか何々相応などということばがある。
ただ使い方次第でものすごく意味が変わってくる。
不可能な事だが常に客観的にというか相手の視線、相手の立場で自分を見つめていないといけない。ただ20の頃の自分に今の私がそんな話をしても絶対理解できないし40になった私が今の30の私を見れば未熟そのものだろう。
当然今後息子に良かれと思って行っていくこともその時その時の彼にとってはほとんど理解できないと思う。
自分が経験したことは比較的話しやすく伝えやすい。ただ人間限られた時間とエリアでしか生きていないので一個人の短い人生ではたかがしれている。
それでも同じ20歳、30歳、40歳、50歳、60歳、70歳、80歳でどうしてこんなに差がでてしまうのか?
それぞれ苦労もしてきているだろう、驚き、喜び、色んなことがあったに違いない。
私自身30を迎えて当然だが改めて世の中で大人と呼ばれる人間とのコミュニケーションが多くなってきている。もちろん私は神でも法師でもないので相手の器量、中身までお見通しというわけではないが、なんとなく人間の薄い厚い、太い細い、深い浅いみたいな抽象的な感覚は感じることが多い。
どうしても第一印象は文字一つ、なにげないしぐさ一つ、ものの食べ方、歩き方、姿勢など
そういった見えるもので判断されてしまう。
同じ空間である程度の時間を共有できればその人その人のよさみたいなものを感じられるが歳をとって社会にでればそうもいってられない。
前にも書いたがそのあたりを理解せずにコンタクトをとってきて個性というコトバで自らを誇張し(というか無知なのだろう)理解しろとこちらに求める。
不可能な話だ。
電車で隣に座ってくる人は誰でもいいが自分の人生にとって共に時間と空間を共有しようという人間はこちらも選別したい。
TV番組のリベートの癖というかまず相手に噛み付いて否定し自分の意見をまず主張。
まあ国会中継みててもそうなんだからしょうがないが、、、、
2Chなんかもものすごくいい例で攻撃することが全て、そんな感じ。
ここで悟りの話に戻るが、そんな人間に育てたのはこの世の中なんて考え方もあるが、まず第一に親ありきだろう。
相手の心にスッと入っていけるだけの人間のう器、品格をもった人と話をしたことがないからだろう。父母だったり祖母祖父だったり学校の先生だったり近所のおっちゃんだったり、、、。そういう人たちがいないんじゃなくてコトバを聞こうとしないだけ。
すっと力を抜いて耳を傾けてみれば人生が大きく変わると思うんだけどなぁ。。。
そうすればただ今を生きて今を感じてというところからもう少し変わってくると思う。
今まで1時間で100という仕事を50分で終わらせて余裕かましてタバコでもすっていたとしよう。
もしその10分、今まで他の奴ら仕事遅いなぁとか俺仕事早いぜ、、、なんて思っていたのだとしたらその10分手を差し出してみたり他の仕事を探してみたりすれば、それだけ自分の糧となる。また一つ経験に厚みが増すかもしれない。
そういうスタンスでいる人間に無駄な事なんて何もないから。
40、50になって色々経験した人でも何となく過ごしてきてしまった人には何も残っていない。あーーーやった事あるとか見たことあるというだけでは何の意味もない。
まわりが口にださないだけでバカだなって思っていることも気づかず。
まあこうしてブログを書いているわけだが半分眠りながら書いているので全く文章になっていなかった場合はお許しください。(バカだなぁと思ってても口にださないでね^^)
結局言いわけしてる私も浅い浅い人間だ。。。喝喝喝。。。
また今度ゆっくり悟りの話をまとめなおしてみたいと思います。

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